top of page

おひさしぶりです

更新日:3 日前

時は2026年になり。この世から消したと思っていた過去記事がなんと残っておりまして、一部ですが復活させました。たまにブログのことを覚えてくれている方がいて、びっくりしています。ありがとうございます。うれピ〜(死語)。写真のおじさんは今回の話に何の関係もない、芝を刈るおじさんです。


「考えていることがあったとしても、それを表に出さなければ、考えていないことと同じ」最近目にしてはっとした言葉です。


この頃わたしはSNSで長文を書くということをほとんどしていません。なぜなら自分がSNS上の長文をあまり読めなくなってしまったからであります。あとで読むか。と思っても、その「あとで」は永遠に訪れることはなく、どんどん流れていく情報の中では刺激だけが目に止まる要素で、流れてしまったものはその瞬間に忘れていく。そういう追いつけない早さに加わらないやり方で伝えられないか。大切なことはすこしアクセスしづらいくらいの方がいいと言ってくれた友達よありがとう、1周してまたブログに戻ってきました。


きっかけは、今年始めた企画のUnnamed Garden という月1でSiltで行われているおしゃべりの場です。簡単にいうと読書会に毛が生えたような集まりなのですが、『園芸家の1年』(カレル・チャペック 1929) という本を、参加者の方と1年かけて読み進めながら、園芸について深めていくという試みです。この場での対話を、見える形でどこかに置いておきたいと思ったのです。


園芸の本というのは12ヶ月の時間軸で区切られているものが割とあり、本に書かれた季節と現実を、同時進行で行ったり来たりすることが出来ます。過去私はダン・ピアソンの『natural selection』とデレク・ジャーマンの『modern nature』という本で、一人でそれをやっていた時があり、その時の感覚がなんだかとても良くて、これSiltとしてやったら面白いのではと思ったのが始まりです。単発のWSではない、継続的にお客様に楽しんでもらえるような何かをさがしていた時期でもありました。

誰でもいつでも単発で参加できますが、積み重ねて行くことでしか得られない栄養のようなものも最近感じていて、1回だけだと勿体無いな、ぜひ(もし面白かったら)無理のない範囲で続けていただきたいなと思ったりしています。

みなさん参加費を払って来ていただいているので、そこで話したことを公にするのはどうなんだろうかとも悩んだのですが、会だけにとどめておくのは逆に罪なくらい。表へ出さなければ行われていないことと同じ。そう思ったわけです。それに、その場にいてface to faceで対話することはやはり全然違うものだから。


そんな感じで再開しましたブログ。はじめましての方も、昔見てくださっていた方も、改めてよろしくお願いいたします。

 
 
 

コメント


bottom of page