樹
- tomoyo shiina

- 2020年11月30日
- 読了時間: 2分
更新日:3 日前
先日書いた、アンディアンドウィリアムスボタニックガーデンを訪ねることができました。
冬空の下で最後の輝きを魅せるバラや宿根草ももちろん綺麗でしたが、圧倒的に印象に残ったのは、自然樹形で悠々と枝を広げる樹木の美しさでした。Populus alba ギンドロの樹もありました。宮沢賢治が大好きだったという樹。またの名をウラジロハコヤナギ、葉が積もると、一面真っ白に雪が降ったようになる。少しの風で葉が擦れ合って、まるで樹が話しているんじゃないかというくらい、ざわざわと囁くような音がする。イーハトーブを象徴するような樹。
※宮沢賢治が愛した木は、ドロノキPopulus suaveolen であって、ギンドロは外来だから違う、という説もある

絵本の中に存在しているような佇まいの美しい樹ですが、本来寒冷地の樹木なので、関東でこんなに大きく育つんだ!と驚きました。造成当時の写真の中の樹木はまだ小さく、庭の中にまばらに点在しているような感じでした。時を経た美しさや強さ、というものを樹木は教えてくれます。

それで、詩人の山尾三省が、人生の中で一本の木を見つけると生きるのがずいぶん楽になるよということを言っていたことを思い出しました。山尾三省は屋久島を終の住処とし、在野であった宮沢賢治のような人で、縄文杉を聖老人と呼び、常にそのイメージを心の中に持ち続けていたといいます。嬉しい時は木に報告すればいい、辛い時は木が助けてくれる。どこにいても1本のカミの木を心の中にイメージすることが出来ると、心に豊かさを取り戻すことが出来る。それはパーソナルな宗教である、と。
異国にいても、カリブーの群れやツンドラ、アラスカを想っていた星野道夫もそう。「ぼくたちが毎日を生きている同じ瞬間、もうひとつの時間が、確実に、ゆったりと流れている。日々の暮らしの中で片隅にそのことを意識できるかどうか、それは、天と地の差ほど大きい。」(旅をする木)
傷ついたネイティブアメリカンは、松の木にもたれて治癒の時を過ごすそうです。自分の生きる時間感覚とは違う、悠久の時間を刻んでいる者の存在そのものが、私たちを慰め、温めてくれるんだなということを日々忘れずに感謝したい。この樹木たちも、どうか静かにこの場所にあり続けていて欲しいなと願うのでした。

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