• tomoyo shiina

展示会は延期ですがそれぞれのガーデニングを楽しんでくださいね!

出展者が一定数集まらなかった為、今回の開催は見送ることになりました。

ご検討くださっていた方申し訳ありません。

また募集するに当たって、分かりづらい部分も多々ありまして私反省いたしました。

また練り直すことにいたします!


さて数日間店舗の方はお休みをいただいておりましたが、20日(木)より再会しますのでよろしくお願いいたします。


店舗を閉めている間、とある地方にて自分ではとても出来ないような大きな庭づくりの現場に入らせていただいていておりました。

考えることが沢山あり、良い時間になりました。


最近読んだ重盛三玲の書籍にこんな言葉がありまして、近頃の私に絶大な力を与えてくれています。

「庭を作るということは、この世の中に今日まで無かった一つの風景美を創作することであるから一庭つくることによって、世の中に一つの風景美を増したことになるのである。これは全く貴重なことである。」

たとえ見てくれる人がいなくても、私は世の中に美を創造しているのだー!と思えるか思えないかは大きな違い。



佐渡に来たばかりの頃、なぜこんなに自然が豊かなのに庭が必要なのかと聞かれることが多々あり、その度に回答に困っていましたが、この本の中でそんな疑問も三玲先生が快答してくれています。


(ご興味ある方は平凡社スタンダードブックスの「庭を見る心得」お読みくださいませ〜。読むとあ〜耳が痛い耳が痛い、となるかと)


今回の現場は海の近くだったのですが、ビーチにゴミが全然落ちてなくて綺麗なのが衝撃でした。

佐渡の海は色んなところからプラゴミが流れついて凄いことになっているのにね...拾っても拾っても。。



話が逸れました。

そう、風景美。なにを美しいと感じるかは人それぞれですが、イギリスにいた時に、地方へいけば行くほど美しいなぁと感じることが沢山ありました。それは自然の風景だけではなく、綺麗に手入れの行き届いた、家々の玄関先だったり、店先といった、人の暮らしの延長線上にある洗練された風景美でした。

豊かだなぁと(物質的な意味ではなく)感じたのを覚えています。

私はそういう、人の創る風景美が日本は逆転していて、地方によっては圧倒的に少ないような気がしてしまうのです。佐渡も然り。




Siltが何度言われたか分からない、「Siltが都会にあったら流行ってるよ」という言葉。流行ってたかどうかは知りませんが、私に言えるのは、都会で起業していたらきっと見えていなかっただろう風景が今見えているということです。小田実風に言うと、その選択をしなかったから、違う存在になっているということ。

私が店に大きな看板を付けないのは、我が我がと目立つより、街の風景に馴染みたいと思ったからよ。ということを今思い出しました。



庭仕事を愛する皆様におかれましては、引き続き各々の風景美に、心を込めて取り組んでいただければと思います。


blog内の3枚の写真は、どれも私が行った先々で撮ったものです。ハイストリートから一歩入った裏道や、お店の植栽など、なんの変哲もない普通の暮らしの延長上。植物があるって、いいと思いませんか。